では行ってきます!

僕が、瞑想を個人的に始めたのは、もう随分と前の事です。

専門書で研究したり、専門的な指導を受けたり、実践から試行錯誤しつつ、いろいろと続けていました。

僕は、もう30年も、学校の枠外で子どもたちを見ていますが、この30年で、大きく、そして、ダイナミックに現代生活が変わりました。
それに連れて僕たちの生活もどんどん変わってきました。

以前だったら「昔」と言えば、それは5年〜10年前くらいでしょうか?

今は、昔は、1、2年前程度ではないでしょうか?
それほど、モノの移り変わりや、スピードが加速されています。

しかし、そのスピードに追いて行けないものが2つあるのです。

それは、人の「こころ」と、そのこころの持ち方(マインドセット)を「教える人」です。
こころがついていかないのであれば、指導することが出来ないのは当たり前でしょう。

ところで、子どもたちは、今は、先生の指導の「意味」がわからないそうです。
意味??

「あの先生、意味わかんねーー!」

などという、言葉はよく聞きますが、そのレベルと頻度が酷いです。

教育者が、勉強を教える前にしなければならないことは、自我を知るということです。
そして、自分という意識(自我)を持つことが、いかに子どもたちへの指導の邪魔になるかということに尽きると僕は思います。

僕は、自由な立場なので、誰の柵もなく、思ったような指導が出来ます。
そういう環境に自分を常に置いているつもりです。

そこで、今の子どもたちに絶対に必要なのが、まずは「気づき」だと確信しています。

「気づき」を指導するにも、自分が気づくスキルを十分にしらなければ到底、子どもたちには、伝えることも出来ません。

そして、昨年、ミャンマーへ本格的な瞑想を実践しにいく計画を建てました。
ところが、体調の関係で、その計画が中止になってしまいます。
でも、自分の常日頃の実践から「何かを伝えられたら、、」という思いで、毎日の実践を続けていきました。
霞ヶ浦湖畔での瞑想実践

そんな時に、何と、日本にしかも、ここから2、3時間のところ(千葉)に、
12日間の瞑想実践が出来るセンターがあるのを知ったのです。
もう半年も前のことです。

絶対に行くしかないのだ!


しかし、こころの摩擦は予想以上に大きかったです。
12日という長い時間を、家族や、見ている全国の子どもたちと離れられるだろうか?
一切の授業と、数年間休んだことのない「朝の生放送」を断つのです。

そこで、大きな壁が立ちはだかりました。

何度も迷いながら、半年が経ち、自然な回答を待ちました。
そして、今日から12日間、ゴエンカ氏の元、ヴィパッサナー瞑想を習得しに行ってきます!

みなさん、12日後にまた!
進化した塾超になって返ってきます。

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